高次脳機能障害について

高次脳機能障害

聞いたことのない人も多いと思います。

私も弟が高次脳機能障害になるまで

知らなかった。

きっかけはただの骨折

骨折の手術中に

足にできていた血栓がとんで心肺停止

心肺装置がなかったので移送中に呼吸停止

ほんの数分だ。

ほんの数分脳に酸素がいかなかった。

それで高次脳機能障害になった。

最初のうちは交代で夜付き添いをした。

私が泊まった夜。

高次脳機能障害になってまだ数日。

弟が目を覚ました。

すぐナースコール。

弟は暴れ出した。

5人でやっと抑えて手足を拘束。

弟に私だよ!だよ!大丈夫だよ!と言っても

全然分からなかった。ものすごい力だった。

高次脳機能障害は記憶が無くなる症状がある。

昔のことや家族のことは後日になって思い出したが

新しい記憶が続かない。

さっき起きたことも彼の脳からは

すぐなくなっていく。

記憶がこぼれていくそんな印象。

3月その病院で治療をしたのち

私の住んでいる場所の近くの病院に転院。

リハビリのための転院。

リハビリで何をするかと言うと

とにかくメモをとる。

記憶の代わりなのだ。

彼は常に首からメモ帳をぶら下げて

すぐ書く。

私の仕事が休みの日は

なるべく刺激が脳に行くように

外出をする。

家に泊まったことも何度か。

なるべく外に連れ出す。

ご飯を食べ買い物がてらぶらぶらする。

公園に行ったりもした。

家に帰って

お昼何食べたっけ?と聞くと

ちゃんと返事がすぐ返ってくるのは聞いた中の半分くらい。

どこに行ったっけ?と聞くと

その答えは3分の1あるかないかくらいだった。

そのうちようやく私のことや私の家族の存在は

100彼の記憶に残るようになった。

一度担当の医師や看護婦さんにさそわれて

高次脳機能障害に関する講演会に行った。

高次脳機能障害の中には

視界の半分が見えなくなったりする方もいるそうだ。

目は見えているが脳が機能しないのだ。

なので歩行や階段などはとても危険になる。

弟の場合は主に記憶の部分だった。

3月ののち

今度は埼玉にある国立リハビリセンターに行くことになった。

4年間そこでリハビリをした。寮のようなところに入る。

一度テレビで見たけれど厳しいといえば厳しい場所。でもそれは今後生きて行くために困らないための訓練だ。

国立リハビリセンターは国の支援でリハビリを受けられる。

だかそのためにいろいろ条件は厳しかった。

リハビリが終わった後

障害者のための就職も斡旋してもらえるが

家に介護の対象がいるとその人を理由に働かなくなったら困るので

要介護5の母は永久入所することになった。

4年間を終え

帰ってきた弟は障害者雇用で働いている。

賃金はもちろん少ない。

ずっと働いてくれているのでうれしい。

しかし高次脳機能障害の人は孤独になる。

友達から連絡をもらっても

弟にはそれが誰だか記憶にない。

一緒に過ごした思い出も記憶にない。

なのでだんだんと心が閉じて行く。

彼女もいたのだが

彼女のためを考えたのだろう。

高次脳機能障害になって

早いうちに彼は彼女と別れた。

たったの数分脳に酸素がいかなかっただけで

彼の人生は全く違うものになった。

そして被害妄想にもなる。

自分の記憶に自信がないと言うことは

自分に自信がなくなるということだ。

やっとスマホを持ったのでラインしようよと

言うと

いろんな人から連絡が来てもわからないから嫌だと彼は言った。